兼子裕代・横山大介・山本彩香「心の距離」

2023年6月7日(水)〜 6月30日(金)

「心の距離」―Distance of mind―

*「三者三様のポートレイト写真をめぐる自他、観者の心の観察を考察する。」

消滅することと現れること、壊すこととつくること、これらがともに有る状態を作品の中で成立させる。これが作品を完成させるときに私が意識していることです。

兼子裕代:歌を歌って、と声を掛けて撮る。
横山大介:吃音の障害を超えて撮る。
山元彩香:他言語ゆえ会話不成立の中で撮る。

人間社会は約3年間コロナ禍のマスクによって「言葉」を失いつつあった。

人の写真を撮る行為は「縁」を持って結果を出すものであり、因縁は身口意の三業に機縁を発する。声をかける者、戸惑う者、会話が成立しない者など、自他の距離は物質的距離よりもはるかに心の疎通に頼ろうとする。その向き合いは、他者が鏡となって自分の身と心の葛藤が始まり、何かの終着点で撮影を終える。

果たしてそうして出来上がった写真は、自分の物か?他者は自分の物か?または、真を写すと言われる写真は相手の真を捕えたのであろうか?

撮影者の存在現象もその行為現象も観者が見る行為現象も全て自他同一として恒常する事のない移ろいの現象にある。写真は結果論、成果主義として物化の技術かもしれないが、AIとは異なる人間の仕業である訳だから、過程や背景を無視する事はできないだろう。

そうやって考えてみると、三者三様であれ通底するものは、心という個々の宿命が光によって立ち上がる「写真」を自問自答しながら表出していく態度、過程であり、個に向けた大きな他者を最終的に撮らんと欲しているのかもしれない。自分ひとりでは成立しない、自他同一の賜物である。

撮影者・被写体・観者の心のトライアングルに何が浮かぶであろうか。
観者はただ傍観するだけではなく、最後は、自身の心を省みることになるであろう。自分というBlack Boxの心の八識の果てに尽きるもの。

すべては心でつくられる、という仏教の基軸に立ち返り各々の心の距離に何があるのか探る旅を一人空間の中で思索していただきたいと思っている。そして一体、確固たる自分はどこにあるのだろうか、実体・認識・存在と。表象たなびく空(くう)の空(そら)に。

空蓮房


兼子裕代
青森県生まれ。2003年サンフランシスコ・アート・インスティチュート大学院留学をきっかけにカリフォルニアに移住。現在オークランド在住。2009年に家族の入浴を撮った『センチメンタル・エデュケーション』。2020年、歌う人のポートレート・シリーズ『アピアランス』出版(青幻舎)。

横山大介
1982年兵庫県生まれ。大阪市在住。2005年同志社大学文学部 卒業。自身の吃音をきっかけに、他者との関係性やコミュニケーションのあり方をポートレート写真の手法を用いて考察している。最近は、「声」を発する身体に注目し、写真や映像を使って制作している。主な展示 『I hear you』kanzan gallery/東京、2022年

山元彩香
馴染みのない国や地域へ出かけ、出会った少女たちを撮影することで、身体に潜む土地の記憶と、身体というものの空虚さを写真にとどめようとする。2009年のエストニアでの撮影を皮切りに、東欧やアフリカの各地で撮影を行う。主な展示「記憶は地に沁み、風を超え 日本の新進作家vol.18」東京都写真美術館、2021年。写真集『We are Made of Grass, Soil, and Trees』(T&M Projects)2018年。